読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゆとりコンサル徒然日記

外資系戦略コンサルに就職した若手の日常

Up or Outって本当?コンサルの評価制度について

外資コンサル業界に入社を志す人間にとって、不安の一つであるのがUp or Out。極端に言えば、"昇進するか、さもなければ辞めろ"という文化。

"そもそも外資コンサルにおける人材評価ってどうなってるの?"・"実際にUp or Outってあるの?"...本日の記事ではそういった疑問に対したお答えできればと思う。

 

外資コンサルにおける人材評価制度は原則極めてフラット

多くの企業で採られている人材評価制度は、「ある職員の上長が定期的に当該職員の働きぶりを幾つかの指標に基づいて評価する」、というものであるかと思う。

こうした評価制度を採る会社では、

  • 極めて抽象的・良く分からない指標が設定されている(例:誠実さ)
  • 上長の主観や当該職員との人間性が過度に重視される

という評価指標・評価者に起因する問題が稀に起こる(事実、上記解消の為の人事評価制度再構築のプロジェクトは多い)。

そうした場合、優秀な人材=評価される人材、という図式が成り立たず、結果として人材の流出や会社としての機能不全につながりうる。

 

人材が何よりの資産であるコンサル会社にとっては、上記は絶対に避けるべき事態であり、人材評価制度も可能な限りフラットなものになるように仕組みが担保されている。

まず、評価指標は(当たり前だが)そもそも業務に必要な要素に限定・集約されている(問題解決力やアウトプットのクオリティ、クライアントコミュニケーションやチームマネジメント等)。加えて、そうした要素を的確に評価する為に、各々の基準が細かく定義・ブレークダウンされている。論理的思考力であれば、構造化や仮説思考などのサブ項目に分かれ、それぞれで○○が出来れば最高、○○は出来ないが△△が出来れば中、といった具合である。

重ねて当たり前のことではあるのだが、本当に馬鹿でも評価出来るレベルで定義されている為、評価者の理解・捉え方による評価のブレが起きにくい。

また、評価者についても、上長にあたるオフィサー・PMのみならず、部下まで評価に加わる点(所謂360度評価)・プロジェクト単位の評価となる為、評価者が流動的に変わる点によって、特定個人の主観に寄った評価を避ける仕組みとなっている。

これらの徹底によって、フラットな評価が成され、結果として先輩より昇進の早い部下や、同じ役職の中での圧倒的な賞与の違いが生まれているのである。

 

但し、冒頭に「原則」と書いた通り、個人的にはこうした評価制度にも構造的な限界があると感じている。

ファームの中で年次が増すと、特定業界のプロジェクトに従事するケースが多くなってくる。そうすると、当然特定のオフィサー・特定のPMの下で働く割合が増す為、評価に与える当該上長の影響が非常に大きくなるのだ。どれだけ実力主義・結果手技と言われていても、個人の役割が固定化すればする程、真の意味でフラットな評価からは離れていくのは想像に難くない。

性善説に立ったUp or Outが成されている

こうした評価制度がある中、Up or Outの慣習は激しいのか。

私の入社前と現在を比較すると、「あることはあるが、相当ユルユル」というのが印象である。

Upに関しては、概ね入社前のイメージと変わりは無い。出来る人間は評価ミーティングのタイミングでどんどん昇進し毎年年収が何百万円も上がっていく一方、そうでない人間は同じポジションを何年も彷徨い、後輩の背中を見送る。

但し、Outに関しては、相当ぬるく、積極的にはやられていない(当然ファームにより差はあり、競争の激しい緑色のファームではかなり積極的と聞く)。

最低ランクの評価を取得した人間には次の評価のタイミングまでに相当な改善が求められ、そこで改善が見られない場合は首、という仕組みにはなっているが、実際に最低評価を取得する人間は殆どいないのが実情である。

そうは言っても低評価の人間は仕事が回ってこない(プロジェクトにアサインされない)ことも多く、所謂窓際社員的扱いになる。皆馬鹿ではなく、外の業界で通用する能力もある為、そうした人間は自ら外に出ていく。所謂性善説に立ったUp or Outである。

一年間で辞めていく社員は全体の一割程度いるものの、低評価を理由に出て行く人間はその一割にも満たず、優秀ゆえに外に活躍の機会を求め出て行く人間が圧倒的に多い。

そうした意味で、Up or Outについては、学生やその他業界の社会人の皆様が想像されるよりはいささかマイルドなのではと思う。

※私の友人やエージェントの話を聞くに、外資系金融業界の方がよっぽどシビアなUp or Outがなされている印象。

そもそも外資コンサルのOut=無能なのか?

外資コンサルにおいて高く評価されない人材やOutとみなされる人材が無能なのか、と言うと答えはNoである。

優秀・無能の定義にもよるが、その人物はあくまでコンサルという仕事に求められるケイパビリティが無かったというだけで、ビジネスにおける価値の出し方はそれ以外にも無数にある(論理的思考はからっきしだがコミュニケーション能力はバカ高い・チームマネジメントは全く出来ないが個人の商才は異常に高い、等)。

事実、コンサル会社でOutの烙印を押された元コンサルが、その後の人生で大成する事例も相当多い。

終わりに

外資コンサル業界における評価制度の実態についてご紹介したが、私はフラットな評価や、その結果としてのUp or Outには賛成の立場である(今の会社でも、その動きをより強めてほしいと思っている)。

仮にUp or Outの制度が存在しなかった場合、働く個人は価値が出ずもやもやしたまま時間という有限のリソースを浪費し、会社は必ずしも求める水準に満たない社員に給料を払い続ける、そこに生まれるのは不毛の構図そのものだ。

Up or Outの制度があることで、個人・会社の双方が、長期的視点で見た際に最良の選択肢を取ることを可能にしていると言っても過言ではない。

間違いなく日本には「Out」という言葉にネガティブな印象があるが、今後終身雇用の考え方の風化に伴いそういったイメージも払拭されていることを期待している。